この絵本の内容紹介
町外れのホタルの森に11時59分で針が止まっている不思議な時計台がありました。時計台は壊れてもいないのに、針は止まったままで時を刻みません。偏屈じいさんのチックタックは、この時計台で暮らしながら歯車を毎日手入れしていました。
そんなある日、時計台を修理しようと役場の男がやってきます。ところが、「この時計は、こわれてなんかおらん」とチックタックは一点張り。時計台は11時59分で時を止めたまま、12時の鐘を鳴らすことはありませんでした。
チックタックが若かりし頃——。時計の針が昼の12時を指すと、鐘の音が鳴り響きました。
「ねえ、チックタック、きのう、孤児院にあたらしいなかまがやってきたよ。」
その仲間というのはニーナという女の子。火の鳥に襲われ、暮らしていた町を追われてきたのです。火の鳥というのは、火の雨を降らす恐ろしい雲のこと。ここ最近は各地でその雲が猛威を振るっていました。
「時計台のなかに入ったの、はじめて」
ある日、ニーナはチックタックの暮らす時計台に遊びに来ました。時計台の中は精密機械が詰まっているというのに、ニーナは初めてのことに興奮して走り回っていました。チックタックの注意する声はニーナの耳には届きません。
ところが、ニーナは抜けた床に足を取られ、大げさに転げてしまいます。しかも、転んだ拍子に時計台の歯車を壊してしまったのです。
それでも、チックタックにとって時計の修理はお手の物。あっという間に修理すると自慢気な表情を浮かべました。そして、歯車が無事に動き始めると時計の不思議な話を始めました。
「ながい針はだいたい1時間にいちどは、みじかい針に追いつくんだけど、11時台だけは追いつかないんだよ」
「ふたつの針がつぎにかさなるのは、12時。そこで、やっと会えるんだ」
チックタックの話は時計にも人の心があるかのように感じさせます。「なんだか、恋人どうしみたいね」とニーナ。そうやって大の仲良しになった二人は毎日時計台でいろんな話をしました。
それでもニーナにはチックタックに話せていないことがありました。それは、不治の病に罹っているということ。
ある日、ニーナはチックタックに打ち明けようとワンピースの袖を捲りました。すると、呪われた島『太鼓島』にしか生えないヤクの木がニーナの腕から生えていました。このヤクの木は時間が経つにつれてどんどん大きくなっていきます。
ニーナのお母さんも同じ病に罹っていました。体に生えたヤクの木は次第に大きくなり、最後は体ごと飲み込んで木にしてしまったのです。
「キミもおかあさんみたいに 木になってしまうんじゃないかと、心配なんだね?」
ニーナの不安を聞いたチックタックは、植木職人のトムじいさんに相談することを提案します。トムじいさんなら木の生長を遅らせる術を知っているはずだと考えたのです。
そうしてニーナとチックタックが話し込んでいると、すっかり日が暮れてしまいました。チックタックはニーナを孤児院に送ることにしました。
帰りの道中、チックタックは時計台の話を始めます。夜の12時に鐘が鳴ると、その音で目覚めたホタル達が一斉に輝き、まるで星空の中にいるような光景が広がるのだと言います。
ニーナは門限のある孤児院で暮らしているので、夜中12時に時計台で鐘の音を聞いたことはありません。来月の院長先生が留守にする日、孤児院を抜け出して12時の鐘の音を二人で聴こうと約束するのでした。
ところが、その約束は果たされないままチックタックとニーナに突然の別れが訪れます。二人が約束をした3日後のこと、大きな黒い雲が空を覆うと町を一瞬にして火の海にしてしまったのです。チックタックの暮らす町を襲ったのは、火の雨を降らす恐ろしい火の鳥でした。
チックタックはニーナが行方不明であることを知ると、火をかわして、瓦礫をかき分けて、町中を懸命に探し回ります。火の雨が止んでからも三日三晩、ニーナを探し回りましたが、遂に見つけることはできませんでした。
ニーナの葬儀が執り行われてもチックタックは時計台に閉じこもって泣き明かします。そして、葬儀から数日後、黒焦げになった町の広場にヤクの木が生えているのが見つかりました。それでも、チックタックはニーナの死を受け入れられません。ただただ時計台の中で泣き明かすのでした。
チックタックが閉じこもる時計台は、歯車を回し、容赦なく時間を刻み続けます。そして、チックタックとニーナが約束した1カ月後の夜12時を指そうとした、まさにそのとき……。
時計台のすべての歯車が止まり、時を刻むことを止めてしまったのです。その突然の出来事に、チックタックは慌てながらも時計台を確認しました。それでも故障はどこにも見当たりません。
時計台は故障したわけでも誰かが止めたわけでもありません。自分の意思で針を止めたのです。約束の時間を刻むことを拒んだのでした。
それ以来、針を止めたままの時計台。また時を刻むときはやって来るのでしょうか……。
この絵本には『ほんやのポンチョ』の主人公ポンチョも登場することから同じ町が舞台であると考えられます。また、実際にモデルとした舞台は二箇所あり、一つは著者:西野 亮廣氏の生まれ故郷である兵庫県川西市。そしてもう一つは西野氏が以前訪れたラオスです。
西野氏は、生まれ育った川西市に恩返しをしたいという想いで満願寺やビックハープ(新猪名川大橋)を絵本の舞台に加えています。満願寺の住職から「満願寺を盛り上げて欲しい」という相談を受けたことも影響しており、この絵本の刊行とともに個展『チックタック~光る絵本と光る満願寺~』も開催しています。
また、ラオスを舞台にした背景には平和への想いがあったからだと西野氏は言います。昔、ラオスでは多くの爆弾が投下され、今でも不発弾や地雷による事故が続いています。戦争が続く地域や治安が悪い地域では、人々は『愛と平和』を日常で求めているのです。
そして、この絵本の物語の下敷きとしてあるのは戦争。物語で猛威を振るった『火の鳥』は爆撃機を意味しています。すぐそばに戦争は潜んでおり、均衡が崩れれば容赦無く争いが起こるのです。
また、エンターテイメントは平和の上に成り立つものであって、平和であることは当たり前のことではないのだということをエンターテイメントを通じて伝えていきたいと西野氏は話します。
日本では平和なのが当たり前だと考えられがちですが、平和が当たり前ではないのだということを忘れないために「チックタック ~約束の時計台~」は描かれました。
「にしのあきひろ作品史上、もっとも残酷で、もっとも美しい物語」と打ち出されたこの絵本。針を止めたままの時計台の行方とは。