この絵本の内容紹介
水曜日は学校がお休みなので、僕はおじいちゃんの家に預けられます。
ところが僕には困ったことがありました。それは、おじいちゃんが自分で何も決めないこと。「わしは どっちだって いいよ」というばかりで、何をするにも僕に聞いてくるのです。
今日も僕が家に着くと、「こうえんに いくかい? それとも としょかんに する?」と聞いてきました。僕が「おじいちゃんは?」と聞き返すと、「わしは どっちだって いいよ。コーヒーを のんでるから、そのあいだに きめておくれ」と言うのでした。
結局、二人は図書館に行き、家に戻るとお昼ご飯の時間になりました。ところが、お昼ご飯に何を食べるかも人任せ。「わしは どっちだって いいがな」と言って、自分では決めようとしません。
そんなおじいちゃんにとうとう嫌気が差した僕は、何を聞かれても答えないことに決めました。
「これからは おじいちゃんが きめて。もう ぼくには きかないで」
僕がそう宣言すると、おじいちゃんは弱ってしまい、無難にテレビを見ることに。そして、サッカーの番組を見ていると、おじいちゃんは子どもの頃を思い出し……。
面倒を見てもらっているはずの男の子が、おじいちゃんの成長を見守っているようで、微笑ましく感じるお話です。おじいちゃんが自分で物事を決め始めると、表情が生き生きとしてきます。
「空気を読む」という言葉があるように、誰かの顔色を伺いながら生きてしまう世の中だからこそ、おじいちゃんの生き生きとした表情に何か感じることがあるはず。この絵本は、自分のことを自分で決める素晴らしさを描きます。
この物語に登場するおじいちゃんは、不器用なりに子どもへの愛情を注ぎますが、何でも子どもの言う通りにすることだけが愛情ではありません。相手が喜ぶことを自分で考えて、行動することも愛情なのでしょう。おじいちゃんと男の子が過ごす二人の時間の変化には、人間関係のあり方についても考えさせられます。