この絵本の内容紹介あらすじ

「ぼくってなんてハンサムな まちねずみなんだろう!」

街ネズミのティモシーは、鏡で自分の姿を見ると幸せな気持ちで一杯でした。自分の容姿に自信があったのです。

ところがある日、ティモシーは鏡を見てびっくり。自分の代わりに、黒い服を着た変な奴が映っていたのです。それが自分自身だとも気づかずに、ティモシーは悲鳴を上げて逃げ出しました。

ティモシーは、生まれてからずっと住んでいた建物を飛び出し、街の外まで走り続けます。そして、気づけば田舎道に出ていました。

我に返ったティモシーは、自分の身に何が起こったのかを考えました。これからどこに行こうかとも考えました。

その答えは見つかりませんが、理解したこともありました。この姿では、誰も自分がティモシーだと認めてくれないこと。それなので、元いた場所には帰れないこと。先へ進むしかないこと。

突然の出来事に疲れ果てたティモシーは、岩場の草むらを見つけると、そこで休むことにしました。

ところが、その草むらの中から野ねずみ達がティモシーを見ていました。野ネズミ達はティモシーを怖がっているようです。それと同じように、ティモシーも野ネズミ達を怖がりました。

自分が大人しい街ネズミだと理解してもらうにはどうしたら良いのだろう。そうティモシーが考えていると、草むらから小さな野ネズミが出てきました。

この野ネズミの名前はスピニー。ティモシーはネズミなのだろうと考え、草むらから出てきました。人間のようで人間ではない。ティモシーに生えた尻尾を見て、そう勘付いたのです。

スピニーに名前を聞かれたティモシーは、自分が本当に自分であるのか混乱し、「ぼくは・・・ぼくは・・・」とまごついてしまいます。そうしていると、「いいわよ,わたしが なまえをつけてあげる。マックマウスさん!」とスピニーが言いました。

他の野ネズミ達が仕事に出掛ける一方、ティモシーはスピニーに連れられて、野ネズミ達の住処へと向かいます。

野ネズミ達が住むのは、美しい岩山を積んだ城。この城に住むには野ネズミ免許が必要です。友達が出来たことに喜んだのも束の間、街ネズミのティモシーは当然ながら野ネズミ免許を持っていません。そこで、ティモシーは野ネズミ免許のテストを受けることになるのでした。

絵本「マックマウスさん」の一コマ

翌日、さっそくテストが始まりました。最初のテストは、ベリーを食べること。野ネズミはチーズを食べません。食べるのはナッツとベリーと穀物だけ。それなので、ベリーを食べることは野ネズミであることの証明になるのです。

ところが、テストはすぐに終わってしまいました。ティモシーはベリーが苦手。ほんの少し食べただけで諦めてしまったのです。

それから次のテストが始まると、ヒースの草原まで走って、折り返して戻ってこなければなりませんでした。ところが、街ネズミにそんな体力はありません。折り返し地点まで辿り着いたところで、カメのボーニーバックに拾われて、背中に乗って帰ってくるのでした。

野ネズミ達は笑って迎えてくれますが、ティモシーは落胆してしまいます。野ネズミ免許がなければ、ここを出ていかなければならないのを分かっていたからです。テストに失敗したティモシーは、一体どうなってしまうのでしょうか。


ティモシーの失敗に大笑いする野ネズミ達。しかしながら、その笑いからは嫌味を感じません。むしろ、笑い飛ばして励ましてくれているかのようです。

都会と田舎の間に存在するギャップを、野ネズミ達の温かさが埋めてくれるように感じます。また、都会にいるからこそ身に付けたであろう知恵をティモシーが発揮する場面もあります。

だから都会の者は……。だから田舎の者は……。このギャップを埋めるような、お互いを尊重することの大切さを描いたような、温かみと優しさに溢れたお話です。

都会には都会ならではの良さがある一方、田舎には田舎ならではの良さがあります。ティモシーの姿形が変わってしまったのは、都会の生活に染まりすぎてしまったからなのかもしれません。この物語を通して、田舎の良さを改めて発見することでしょう。

この絵本は、著者:レオ=レオニが82歳頃に手掛けた作品です。レオ=レオニは、往年、冬はアメリカのニューヨークで過ごし、夏はイタリアのトスカーナ地方で過ごしました。そういった背景もあって、都会と田舎の環境、人間関係、文化などの違いを意識してこの絵本を描いたのでしょう。そのように、翻訳を担当した谷川 俊太郎氏は語ります。