この絵本の内容紹介
一匹のノラとの出会いが、人生を変えることだってある。牛乳配達の青年とノラ猫キタカルの交流、こころはきっと前向きになる。
本書『猫だもの――ぼくとノラと絵描きのものがたり』は、画家・絵本作家 いせひでこ、新人作家 かさいしんぺい による交換日記・往復書簡のような形で、4つのエッセイ・日誌を構成したものがたりです。
発端は、1999年にさかのぼります。高校を卒業後に牛乳配達をはじめた青年が、夏の早朝、配達中の牛乳びんを落して割ってしまいました。牛乳は海のように広がります。あわてて拭きはじめた牛乳を、どこからか猫が現れ、舐めはじめます。「奇妙な共同作業だった」と感じた出会いからはじまった青年とノラ猫とのつきあいは、その後も毎朝つづきます。
牛乳の名前をもとに「キタカル」と名付けたノラ猫、それまで関心のなかった猫といういきもの、ノラとそれをとりまく人たちとの関わりなどをとおして、青年は自分をとりまく社会へと目を向けはじめ、こころをひらいていきます。
日々のさまざまな感想や発見をつづった日誌を、子どもの頃からの知り合い、画家・いせひでこに青年は届けます。それが2001~02年に雑誌『猫びより』に、連載「絵描きとしんぺいとのらの キタカル日誌」として4回掲載されました。本書前半の「キタカル日誌」(かさいしんぺい)と「しんぺいの手紙」(いせひでこ)は連載を改稿して収録したものです。
それから15年、2017年5月に、ふたりの絵本『ねぇ、しってる?』が刊行されました(作:かさいしんぺい、絵:いせひでこ、岩崎書店)。この絵本のキーワードは「だいじっこ」です。《だれもが、だれかにとって大切な子、大事な人である》という作者の思いを、ことばと画で編んだ絵本です。
そのふたりが過ごした15年の時を、「猫だもの」(かさいしんぺい)と「絵描きだもの」(いせひでこ)と題して書き下ろし、本書の後半に収めました。
青年は、キタカルとの出会いから4年後、社会に戻ろうと決め、大学に入ります。6歳違いの同級生たちと過ごし、会社に勤め、IT系エンジニアとして現在にいたります。そのきっかけが、ノラ猫キタカルの生き方であり、「一匹のノラとの出会いが、人生を変えることだってある」という思いを抱きました。一方、画家は、2000年前後、青年と同世代の子を育てる母親でした。子育てと創作のはざまの自分、また2004年の絵本『絵描き』以降の作品に登場する青年像の誕生など、日常の断片から創作にいたる軌跡が書かれています。
青年の成長のものがたり、猫をめぐる人と人とのつながり、子どもと親のこころの軌跡、見ること・書くこと・描くこと・つながりをもつことの楽しさ、猫の不思議と魅力など、さまざまな読み方をしていただけるのではないかと思います。また、猫と青年と四季を描いた、幻想的で象徴的でコミカルな、そして詩情あふれる いせひでこの画も楽しんでいただけると思います。